アダプション
投稿者: Yoko 投稿日: 土曜日, 6月 13 2009, 00:25 - パーマリンク
「アダプション」
日本人の私たちにはあまり身近でない言葉。 何かしらの事情がなければ、なかなか養子をもらおうということにはならないし、 まして子供がほしいから、という理由ですぐに養子縁組を検討する習慣は 欧米に比べて少ないと思う。
まして、国政的な養子縁組は一般的ではないし、 一般的な普通の日本人が肌の色の違う子供を自分の子として紹介したら きっと周りの人はどう反応していいか、正直困ってしまうと思う。
12日、マラウイの最高裁はマドンナが申請していた2人目の養子縁組を認めた。 通常、養子縁組のためにはマラウイに1年半住んでいなければならず、その条件を 満たしていないということで、下級審では申請は認められていなかった。
この件には批判も多く、マドンナが子供を金で買った、裁判官を買収した、など いろいろな話が出ている。 欧米では子供がほしいけれどできないために、養子縁組を希望するカップルが たくさんいて、そういった機関を通じて養子縁組の申請をするが、希望する人が多く、 また審査が厳しかったりと、実現するのは容易ではない。
そんな中、圧倒的な経済力のあるマドンナがいとも簡単にそれを実現させて、 1年半以上住むどころか、裁判にも本人は参加せず、代理人をジェットで送り込んだ、 となれば批判されるのもやむを得ない。
一方で、マドンナはマラウイ国内に孤児らを支援する基金や施設を設立したりと 孤児に対する支援に熱心で、経済的安定からも養子を迎えるにふさわしい、と評価する声もあるという。
「アダプション」は難しい。
子供がほしいと切に願って、アダプトした子供に精一杯の愛情を与え、たとえばその子が孤児のままだったら おそらく手にすることができなかったであろう機会を与える人々がたくさんいて、きっと結果的には その子のためにもなった、というケースがある一方、その子が育った国や文化から大人の都合で引き離され、 まるでモノのように扱われ売買されるのは、人権侵害だ、という批判もある。 実際、人身売買まがいのケースも数多くあるという。
一番大事なことは、大人が大人の都合だけでアダプトするのではなく、本当にその子にとって 何がベストか、ということを考えることだ。少なくとも斡旋団体は、その考えに基づいて審査をすべきだ。
私自身にとって、「アダプション」は遠い世界のことで、正直自分のこととしてとらえることはなかった。
ザビエルが「アダプトしたい」と言い出す前は。
彼はもし自分に子供ができても、将来的に1人はアダプトしたい、という。 そんなこと考えてもみなかった私は、正直戸惑っている。
彼は自分のためではなく、その子のためにも、自分の子供たちのためにもなるという。
私はまだ自分の子もいない前からそんなことを考える理由も余裕もないし、今すぐ決めなくてもいいじゃん、 と言ってお茶を濁すが、彼の中では決まっているらしい。(もちろんすぐにではないが。。)
「アダプション」は難しい。

コメント
うちもキコができる前、アダプションについて夫婦で考えたことがあるよ。でも答えは、アダプションではなく、子供のいない夫婦で生きよう、というものでした。
難しいよね。以前NHKでみたことがあるけど、日本でも実はあるみたいだね。